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視覚障害のある同窓生と共に

2013年02月28日

 

 同窓会では会報を年2回、3月と9月に発行しています。興味深く読み、見ていただけるよう広報委員会が中心になってがんばっています。今月発行の第56号をどうぞお楽しみください。

去年6月に会長になってから嬉しく、誇りに思ったことがあります。「会報」と「荻窪だより」が視覚障害のある同窓生には録音テープで送られていることです。限られた情報しか得られない視覚障害のある同窓生にとってどんなに嬉しいことでしょう。今回は、1その喜びを届ける活動をしている同窓会の自主グループ「桜会」について、2本学で学んだ視覚障害のある3人の同窓生について、3障害のある人と共に暮らすことについて書きます。

 

音訳グループ「桜会」

先日、音訳グループ「桜会」について代表の日月(たちもり)恭子さん(68短教)にお話を伺いました。同会は1983年に同窓会主催の「朗読奉仕基礎講座」に端を発した自主グループです。長い間、本学に関係する図書を始めとする各種の本の音訳と本学在学中の学生への対面音訳をしていましたが、10年程前に同窓会から会報と荻窪だよりの音訳を委託されて今に至っているとのこと。まもなく2年生になる視覚障害学生の教材、資料の音訳録音と対面音訳支援もしています。音訳を録音する作業は各自の自宅で行うので、時には生活音も入るが、利用者からはそれも楽しいと言われるとのこと。例会で分担を決める。会報は2人で、荻窪だよりは1人で担当。マザーテープを作成し、それをダビングする。送料は特定録音郵便物となり、国内は無料。現在オーストラリアの同窓生にも送っている。本学を卒業した10人の視覚障害のうち8人(2人他界)と卒業後の病気や高齢により読むことが困難となられた3人の計11人に送付しているとのことです。

視覚障害者32万人(2006年)のうち視覚障害の発生時期は17歳までが25パーセント、18歳以降が58パーセント、不詳が17パーセントです。視覚障害者の年齢分布は40歳以上が全体の90パーセント、60歳以上が70パーセントです。同窓生の中には、病気や加齢で読むのが不自由になった方がもっといらっしゃるのではないでしょうか。録音による会報送付があることを知らない方が多いと思います。必要と思われる友人にはお教えください。気軽に事務局にお申込みください。

「桜会」は一緒に音訳をする新入会者大歓迎とのことでした。

 

本学で学んだ視覚障害のある3人の同窓生

1人目の方は、本学が創立した時の最初の入学生のひとりである斎藤百合さん(22高)です。入学時すでに28歳で1児の母でしたが、本学の理念が彼女の理想とする視覚障害女性の生き方と同じであることで入学を希望。入学を認めたライシャワー常務理事、新渡戸学長、安井学監の高い見識に改めて尊敬の念をいだきます。多くの人の協力で学び、勉学には手を抜かなかったとのことです。卒業後「陽光会ホーム」という視覚障害女性のための生活訓練、教育、職場、宿舎の事業を始めました。安井先生は陽光会の後援会長として応援されました。

2人目の方は、陽光会ホームの第1期生として指導を受け、24歳で入学した粟津キヨさん(45高)です。卒業後、新潟県の高田盲学校で教鞭をとり、結婚し視覚障害女性の自立の先駆者として活躍しました。

粟津さんは恩師の生涯を「光に向かって咲けー斎藤百合の生涯-」(岩波新書1986初版)にまとめました。この発行にあたっては、「失明女子を考える会」の伊藤泰子さん(45高)等同窓生、その他多くの方々が協力しました。当時の視覚障害女性に対する差別意識や当時の社会情勢に関する解説があり、日本の少し前の状況がわかると共に、斎藤百合さんの驚くべき行動力と周囲の協力があふれる感動的な本です。

また、粟津さんの少女期をモデルにした小説「ふみ子の海」(市川信夫著、理論社)が2006年に映画化されました。埼玉支部は日韓交流の意味を込めて、それの韓国語字幕版を小澤秀子さん(58文英)が中心となり作成し、2012年7月にソウルの日本大使館文化広報院で上映会を開催しました。今度の園遊会でも上映予定です。楽しみです。

そして、私はなんと3人目の卒業生塩谷靖子(しおのやのぶこ)さん(71文数)が就職して間もない頃に職場訪問をしているのです。40年も前のことです。当時、私は東京都の障害者福祉センターで身体障害者の職業相談をしていました。全盲の大学卒業生がコンピュタのプログラマーとして大手企業に就職という、とても明るいニュースでした。塩谷さんが事務机を背に話された時の横顔を思い出します。現在は声楽家として活躍しておられ、同窓会の園遊会や大学の宗教週間のイベントの中でも歌って下さいました。視覚障害者の職場開拓は、今も難しい問題です。でも本学の卒業生は、福祉、教育、官庁などで働いていらっしゃるとのこと、とても励まされます。そして、皆さんにエールを送りたいと思います。

 

障害のある人と共に暮らす

国際連合は2006年に障害者権利条約を採択し、2012年12月には126カ国が批准しました。日本はまだです。障害者差別禁止法が制定されていないからです。具体的な議論になると反対があるのです。国の法整備を促すためにもと、千葉県は2006年に「障害のある人も、ない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」を制定しました。国内で初めてです。堂本暁子前知事(55文社)は、この条例を3回県議会に出しました。1回目は継続審議に、2回目は否決の可能性があり取り下げ、3回目は障害者への理解を深めることを第一と考え修正案を出し、ついに満場一致で可決しました。県内の障害者と関係者の絶大な応援と前知事の熱意によって実現しました。千葉県民として応援した私にとってもその時の感激は忘れられません。

「障害のある人も、ない人も共に暮らしやすく」するためには、「物理的バリア」「心のバリア」「制度のバリア」と共に「情報のバリア」をなくすことが必要です。テレビで音声解説があるのは、NHKでも限られた番組だけです。視覚障害者のうち点字ができる人は13パーセント、活字読み上げ装置を持っている人は5パーセント、パソコンを利用する人は12パーセントと少数です。どんなに情報が限られているかが分かります。そんな中で、同窓生が音訳した会報があることは本当に嬉しいことです。「弱い人が安心して生活できる社会は誰にとっても安心できる社会、成熟した社会」だと言われています。そのような社会に近づくように一緒に努めていきましょう。

障害者福祉・就労は私がずっと関わってきたことなので、つい熱く書いてしまいました。長文を読んでくださりありがとうございました。

(統計数字は厚生労働省「身体障害児・者実態調査」平成18年より)

 

 

                                                                                                                        同窓会会長  山田純子


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