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なでしこジャパン

2011年07月29日

  サッカーの女子ワールドカップで日本のなでしこジャパンが優勝した.日本の女子スポーツもここまで来たかとうれしくなってしまう。もともと運動音痴の私などに手の届くスポーツではないが,それにしてもサッカーは、なかでもとくべつ激しく男っぽいスポーツのように思ってきた。日本人の女子がサッカーを始めたのも30数年前、と割合最近のことのようだ。そしてはじめの頃は観客集めにも苦労したようだ。彼女らのユニフオームはもちろん半袖に短パン(ヘアースタイルは案外さまざまである)。

 昨年あたりから女子大生の間でも、超みじかいスカートや短パンで膝上10センチ以上むきだしのスタイルがはやっているようだ。彼女たちの足はスラッと気持よくのびていてまぶしいくらいに美しい。私世代の人間でも見慣れてしまうと「これはこれでよろしい」と思う。何より活動的なのがよい。  

 今から40年ほど前、ミニスカートがはやった。あのときは猫も杓子もミニをはいていて、ロングスカートの大学教員は若い人たちにはヤボにみえた。そして今はロングありミニあり、ロングパンツもショートパンツもオーケーの個性派の時代か。ミニの時代は高度成長期といわれた。女性のファッションの変遷はどうやら世相を反映しているのかもしれない。 

 柳田国男(1875-1962)が母から教わったのは「揚げ手毬」歌であった。「揚げ手毬」は今日のお手玉あそびに近い。少女の身体をがんじがらめに足首までつつむ和服では「まりつき」はむずかしいであろう。

 総じて日本で女子の体育を重んじるようになるのは日露戦争(1904-1905)以後であるらしいが、それ以降も世間の風当たりは強かったようである。安井てつの女高師時代からの親友、二階堂トクヨ(二階堂体操塾、現在の日本女子体育大学設立者 1880-1941)はその先鞭をつけたひとである。その影響もあったか安井の体育重視の方針(やがて体育科創設につながる)は今日から見れば目の醒めるような先見の明あるものと言える。やがてはなでしこジャパンの快挙にも通じるような・・・。


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        岩波文庫 柳田國男『母の手毬唄』より 

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