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空を仰いで――感動と不安と

2012年05月31日

 

 去る5月21日、多くの日本人が「空を仰ぐ」幸運?に恵まれた。

 まずは21日の金環日食。日本列島を広範囲で縦断したこの天体ショウは900余年ぶりとのこと。次のショウが東京で見られるのは300年後とのこと。当日偶然早朝に目覚めた私は我になく落ち着かず、手持ちのサングラスのレンズを三重にして空を仰いだが眩しくて、だめ。しかし隣の家の若奥さんが「一緒に見ませんか?」と誘ってくださったおかげでこの神秘的なショウを目の当たりにすることができた時は、何ともいえず感動した。今回の金環日食はマカオ、香港あたりから始まって広く太平洋を弓なりに渡り、アメリカのグランドキャニオン、テキサス州のラボックあたりまで到達したらしい(まさに新渡戸先生のいわゆる「太平洋の架け橋」)。テレビで放映されたアリゾナ州の夕焼けに染まった砂漠の地平線上に姿を消さんとする大きく欠けた太陽を、多くの人は生涯忘れることができないであろう。

 5月22日、「天空へ――スカイツリー開業」(朝日新聞夕刊)。徹夜して開門を待っていた人たちも大勢いたとか。当分普通に入ることはできそうにない。私は土台作りからツリーの「成長ぶり」をときどき見物することができ、特に完成間近のツリーを隅田川の屋形船から眺める機会にも恵まれたのであった。

 「634(むさし)メートルで世界一高い電波塔」の由。この大工事はあらゆる面での日本の威信を賭けて行われたようである。けれども前述の日食に出会った時のような深い感動は少なくとも筆者には味わえなかった。現在世界ではドバイのブルジューハリーファ、上海センター(632メートル)、広州タワーなどニョキニョキと建造済みあるいは建造中で、スカイツリーが追い抜かれるのも時間の問題であろう。

 スカイツリーの完成にのぼせ上がり、それを宣伝し、あるいは商戦に利用しようとしている日本人――私を含め―はなにかとても危険な、というか罪深いことをしているのではないかと不安になる。無限志向は現代文明の特徴である。海底の奥深くどこまでも未利用の資源を漁り、人工衛星を飛ばして宇宙の資源を物にしようとか。もしも現代人がこのようにして地球の資源はもちろんのこと宇宙空間にまで手を伸ばして自分たちの限りない欲望を満たそうとしたら―――。

 この地球も宇宙も――広い意味での大自然――は人間の専有物ではない。人間は大自然の片隅にわずかな時間住まわしてもらっている小さく弱い生き物である。このことは昨年の大震災で身に沁みて思い知らされたはずである。そして原子の火を手にしたはずの「新プロメテウス時代」(ヤスパース)の現代人は、原子の火の恐ろしさに為す術を知らないのである。

 旧約聖書創世記にある「バベルの塔」の悲劇を私たちは知っている。私にはスカイツリーの完成にうつつを抜かしている現在の我々を、どこかで心を痛めながら(あるいは怒って)見ている神様のような方がおられるような気がしてならない。

 とはいえ、無限志向のルーツはキリスト教にあるともいわれている。そしてそのおかげで私はおなかいっぱい美味しいものを食べ、衣服を身に着け、居心地良い住まいに身を置いて文化的な生活を当たり前のように享受している。それゆえスカイツリーの成功を白い眼で見てぶつくさ言っている現在の私は、身勝手で時代遅れの年寄りに過ぎないのかもしれない。

                                           一柳やすか

参考

『星空年鑑2012』(アストロアーツ発行)

『歴史の起源と目標』(K・ヤスパース著


 

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日食 「画像提供:国立天文台」 

したは上:金環日食(日時:2012年5月21日午前7時34分 撮影場所:国立天文台三鷹キャンパス) 

下:金環日食 第3接触直後(プロミネンスと彩層)撮影地:松本空港周辺
 

 隅田川屋形船よりスカイツリーを望む
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