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会報の発行が終わって

2015年09月30日

 

 会報61号の仕事が終わった。丁寧に準備してきたつもりであったのに、今号も思わぬ事態が起こった。大きく引き伸ばした画像が一部妙な具合になっているのを、念校の段階で、偶々コピー機を新調した事務局が見つけた。修正が適切になされているのを確認するまでドキドキした。やれやれである。

 

 広報委員会では、各自が担当ページを持つのだが、すべてに亘って読み合わせをし、全員で意見を出し合うことにしている。そのためには月1回の委員会では無理なので、編集会議を開き、さらにメールが行きかうことになる。

「写真で見る女子大今昔 杜をして語らしめよ」の場合もそうだった。「緑の会」の資料・学報・50年史・地図などを参考にしたのだが、載せたいエピソードがいくつもあって困った。例えば、学生が樫の木を植えようとしていたのを「富士山が見えなくなってしまう」と住まいから飛び出してきたライシャワー博士。本館裏の雑木林を伐採しようとしたのを必死に抵抗したという「杜の会」の学生達。自分たちの力で森を造ろうとした学生の働きを書きたかったので、このあたりのことを短い文で紹介しようと委員にメールで助けを求めた。その中に、自分の意見を述べた後、明治神宮の話を書いた人がいた。

 

 うっかりすると勘違いしてしまうが、明治神宮の森は常緑広葉樹を主木とする人工林である。伊勢神宮や日光の杉並木のような雄大で荘厳な景観が望ましいと考える大隈重信内務大臣と、そもそもスギはこの土地に適合しないとする林学博士との対立があったそうだ。結局全国からの寄付などを集めて10万本365種類が植林された。そして、明治神宮は、木を植える時、「花や実の生る木、名木・記念樹は避ける。手入れとしては剪定しない、化学肥料を使わない、殺虫剤を使わない、枯れ木をどけるのみ。落ち葉は森に戻す」というポリシーでやっていると、昔仕事上の研修で教わったという。

 

 それでは女子大の場合は、というと、記録を見る限り将来を見越しての植林であったようには思えない。情熱を傾けて、それこそ無我夢中で、また乙女らしい夢も載せて、働く姿があった。

 

 こんな具合に本題から少々脇道に逸れたり、素人ゆえに右往左往したりしながらも、力を合わせて会報を作っている。そして、それが楽しい。

 

広報委員長 金澤由紀


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