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いのちの'におい'

2010年07月05日

「ああ、いのちの'におい'がする!」――ただいま放映中の「ゲゲゲの女房」の中の一言である。 
自作の貸本漫画が売れなくて貧困のどん底にある新婚の村井夫妻に、はじめての赤ん坊がさずかるとわかったとき「子供は大変だぞ」と頭をかかえたシゲルも、初子の誕生を心底喜び、すやすやとねむる赤ん坊のそばにねころんで、くんくんと'におい'をかぎながら冒頭の台詞をつぶやく。シゲルはかつて南方のラバウルで左腕を失うという重傷を負ったときのことをおもいだしたのである。「おれがあのときかいだのと同じ'におい'だ!これでおれは助かると確信したのだ!」

梅雨どきともなると、大学のキャンパスも我が家のそばの井の頭公園も、旺盛に繁茂する草木に覆われて息苦しいほどである。そしてあたりを満たすムンムンするほどのあおくさいというか生臭い'におい'。それは決して「よい'におい'」とはいえないが、それでいて何となくなつかしい'におい'、そう「いのちの'におい'」という表現がぴったりの'におい'なのである。 この頃になると、私は幼児期をすごした岡山での生活の一部始終をおもいだす。埋め立て地ゆえ大小の川や、縦横にはしる水路には、いのちの'におい'が満ちあふれていた。初夏の無数の蛍の乱舞、ひろびろとした水田でのかえるの合唱、ヘビをつかまえては女の子をいじめていた悪童どもの笑い声などなど。――すべてがいきいきと蘇るのである。 動物の五官のうちでもっとも基本的なのは嗅覚であるという。ながいあいだ離ればなれになっていた動物の夫婦や親子が相互を確認するのは'におい'によることが多いようだ。それぞれの動物、それぞれの個体に特有の命の'におい'がある。その'におい'を消してしまう、あるいはあいまいにしてしまうような'におい'を動物はきらう。我が家の猫も加工乳には目もくれない。しかし現代の、とくに都会の生活からはこの'におい'が消えつつある。化粧品から生活用品、食品にいたるまで、いわゆる「よい'におい'」に満ちている。そして若者はいのちの'におい'を嫌悪してさえいるようだ。――この現状は、もしかすると病める現代文明の兆候かもしれない、と考えてしまう。


 一柳やすか


 

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2010年6月19日 東京女子大学同窓会定期総会 当日のキャンパス風景

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