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会議室の新渡戸先生、安井先生の御手蹟

2013年02月02日

  

    二月の72年館は、一年中で一番ひっそりとしているように見える。新年を迎えた厳粛な気配の一月、卒業にともない多くの新会員が誕生する三月に挟まれ、催事もなく表面上は穏やかな日々が続く。しかし、今月は母校をはじめ多くの大学で入学試験が行われる試練の時で、将来の同窓会員となる、東京女子大学を目指す受験生の健闘を祈りたい。

    目下72年館では、事務局・役員一体となって、三月卒業予定の新会員の受け入れ準備、2012年度の決算、2013年度の事業計画予算案作成の審議、会報56号発行作業等を着々と進めている。

    これ等の会議は主に一階「会議室」で行われている。窓前に広がる大学グラウンドと、四季折々の景観が、会議の疲れを癒してくれる。壁面には新渡戸先生、安井先生のお写真と並んで、お二方の御手に成る墨蹟が掲げられている。何気なくいつもそこにあるので、普段は気にも留めなかったのだが、ある時ふと目が釘付けになった。

新渡戸先生の色紙には和歌が認められており、

   「山深く何可以本りを結ふ遍支心の中二身者加く礼希里  稲造」

   (山深くなにかいほりを結ぶべき心の中に身はかくれけり)

と読める。  

 

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                                                                                                                   安井先生は

   「忍苦前進  七十六歳安井てつ」

   「神若し我らの味方ならバ誰か我らに敵せんや  哲」

の二書である。

これらの書はそれぞれ古い同窓生からご寄贈いただいたものだそうだが、その方々が直接先生から賜ったものかどうか、判然としないものもある。しかし宝物として大切に座右に置かれていたに違いない。書に籠められた先生がたのご真情が、所持した同窓生の心に宿り、現在の私たちにまで伝わってくるようだ。

   新渡戸先生の和歌については、2009年9月に同窓会が主催した「新渡戸稲造先生と安井てつ先生の足跡をたどる旅」で札幌を訪れた際、北海道大学のご好意により大学文書館で開催された特別展「東京女子大学と北海道大学を結ぶ人々―佐藤昌介、新渡戸稲造中心に―」で、多少表記が異なるが(支→起、心→古ゝろ、礼→連)同じ歌が条幅に墨書されたものを拝見させていただいた。この時の解説書によると、この墨蹟は<1931年5月16日、国際連盟顧問の新渡戸が国際連盟学生支部の招待講演(札幌)へ向かう途中、函館駅鉄道構内で講演した際に同駅駅長佐々木正之に贈ったと考えられる>とのことだが、いつ詠まれたのかは定かではない。しかし、この1931年という年は先生がカナダの地で客死なさる僅か二年前である。奇しくもご遺言にも当たる歌となった可能性がある。この歌から発せられる、紆余曲折を経て先生が到達なさった清浄な境地が、お人柄を偲ばせる柔らかな筆意を通して胸に迫ってきた。

   当初、先生に対して抱いていた印象と和歌とが結びつかず、さらにそれを墨書なさったことにも意外の感があったが、先の北海道旅行の際に訪れた「遠友夜学校記念室」でも

   「山川能底乃さゝ連の数ふ遍くみゆるは水能す免ハなり希里  稲造」

   (山川の底のさざれの数ふべくみゆるは水のすめばなりけり)

の条幅を拝見することができた。

会議室の色紙を仔細に眺めると、連綿を加えながら程よく散らし書きされており、書きなれていらっしゃるのが分かる。先生にとって時時の胸中を和歌に詠み墨書なさるのは、決して特別のことではないのだということを感じた。そしてこれを拝見した者は、先生独特の筆意に籠められたご真情を心に刻み付けたことだろう。

    安井先生が「忍苦前進」と認められた76歳というのは、まさしく先生最晩年の1945年で、敗戦を迎えた時期と重なりご容態も芳しからぬ頃であったろう。そのような時に尚、渾身の力を籠めて認めた先生の並々ならぬ気迫が文字と言葉を通して、一直線に私たちに訴えかけてくるようだ。転折のはっきりとした四文字のうち、「苦」の一字が他より一回り大きく太く書かれているのは、その時の先生の偽らざるご胸中が思いがけず表されているためだろうか。この書を認めた後、どれほどの間、先生はこの世におわしたのであろう。この世に在る限り全身全霊をもって東京女子大学を愛し、行く末を案じていらしたに違いない。「神若し我らの味方ならハ誰か我らに敵せんや哲」と、こちらの落款は漢字一文字になっており、先生の強いご意志が感じ取れる。

    お二方の書を僭越ながら見比べてみると、新渡戸先生は男性でありながら女性的な柔らかな筆致、安井先生は女性ながら緊張感を伴った鋭い筆致であり、多分それがそのまま、お二方のご人格の一部分の表れであろうと察せられる。そのお二人が相携えて東京女子大学の礎を築いていらっしゃったのは、真に道理に適ったことであったと思うのである。

    現実にお目にかかることができなくても、先生のご手蹟からお心を感得することができる幸せに感謝しつつ、日々同窓会の事に当たっている。判断に迷う時、考えが浮かばない時、先生ならどうなさるだろうかと、背後の御書に目を遣るのである。

   皆様方も72年館にいらしたら、是非会議室の御書をご覧になり先生を感得してください。

 

書の寄贈者

1 新渡戸先生の「山深く・・・」 富田 節さん(17英)故人

2 安井先生の「忍苦前進」  桑田ありなさん(20国) 

3 安井先生の「神若し・・・」  草野冴子さん(18国)

 

                            同窓会副会長・企画委員長  重政明美

 

 会議室の新渡戸先生の御手蹟の和歌について、詠じたのも先生と思っていたが、当方の浅学による早合点であった。ここにお詫びの上、訂正、追記させていただく。

 結論から申し上げると、この「山深く・・・」の歌は『続(しょく)古今和歌集巻第十八雑歌中』に「山家のこゝろをよめる」の詞書とともに掲載されており、詠者は権大僧都定圓となっている。

 先生の御著を少しく繙いてみると、当和歌は気付いただけでも、『自警』第二十三章「若返りの工夫」、『人生雑感』「開運論」、『修養』第十章にも引用されており、自詠ではなくとも、先生のお心に深く適った愛誦の歌なのであろうと拝察する。

 また、これらの著書には、話の内容をわかり易く説明するためにか、随所に相当数の古歌、和歌が引用されており、日本古典に対する先生のご造詣の深さに並々ならぬものを感じる。

引用された歌の数々が先生自詠のものか否か、今後も少しずつ探ってゆきたい。  (2月22日)

  

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