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個人の意思と公共の価値

2015年10月31日

 

 本人の意思は、最大限尊重されるべきです。特に自らの病や生死に関わることにおいては、自分の意思をどんな形であれ明確にしておく必要があります。それは時に「不吉」「縁起でもない」などと敬遠されがちなことでもあります。意思を伝えることで周囲の人を悲しませる場合もあるでしょう。

 ポーランドに生まれ、フランスで活躍したピアニスト・作曲家のフレデリック・ショパンの遺言は、どうだったでしょうか。

 ショパンの遺言に従い、彼の心臓は葬儀の前に取り出され、姉・ルドヴィカの手で祖国・ポーランドに運ばれました。そしてワルシャワの聖十字架教会に納められました。

 ショパンの葬儀はパリで執り行われ、三千人もの人々が参列しました。モーツアルトの「レクイエム」が演奏され、それはショパンの遺言によるもの、とされていました。有名な話ではありますが、この話には信ぴょう性がないようです。

 ショパンは遺言で、自分の未発表作品の破棄を希望していましたが、それはほとんど叶いませんでした。友人たちが、時に手を加えて出版してしまいました。ショパンの遺志には反しますが、それらの曲の中には「幻想即興曲」や「ノクターン第20番」など、誰もが知る名曲が含まれます。特に「幻想即興曲」はピアノを習う少女の憧れ、この曲が弾きたくて頑張る子はたくさんいるはずです。かく言う私も、少女のころの憧れ止み難く、大人になってピアノレッスンを再開した時には、この曲を必死に練習しました。

 自分の書いたもの・作品については自分が責任を持ちたい、誰もがそう思うでしょう。ショパンが自分の手元にある曲を秘かに処分したなら、その曲は誰にも知られずに終わったことになります。が、一度作曲者の手を離れた曲であるなら、いくら本人の希望であっても「ショパンの曲」を葬ることなど、できはしません。ショパンの曲は公共の、人類の財産です。

 ショパンの価値とは比べようもないですし、比べる必要もありませんが、同窓会では『同窓会100年史』の編纂を決定し、今年の総会で承認されました。東京女子大学は2018年に、そして同窓会は2020年に100周年を迎えます。その歴史は、公共としての意味もありますが、同じ大学に学んだ個人の在り方の100年間の集積でもあります。

 東京女子大学に「確かにある」と断言できる「something」は、私たち小さな同窓生一人一人の、小さなエピソードを通してしか表現できないように思います。同窓生お一人お一人の「something」を掬い上げるような『100年史』となることを願っています。皆様にもご協力をお願いすることになるでしょう。どうぞその節はよろしくお願いいたします。

 

                                同窓会副会長  高田 倫子


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