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レーモンドの建築を継ぐこと

2017年03月02日

 

東京女子大創立100周年に向け同窓会では、建築家・三沢浩先生をお招きして「A・レーモンド゙は女子大計画に力を注いだ」の講演会を開催いたします。

 

女子大が、1918年に開学した新宿角筈町から1924年に井荻(善福寺)に移る時、チェコ出身のアントニン・レーモンドが正門と9件の建築物を設計、建設をしました。現在、現存する7件の建築物が文化庁登録有形文化財として登録されています。白亜のチャペルと講堂、本館を中心にシンメトリーに並んだ東校舎、西校舎をはじめとするこれらの建物は本学の更なる成長と前進を見守っています。

 

先人たちは私たちの想像を絶する苦難と問題を乗り越え、支え、育て続けてきました。

そして私達は、敷地と建設資金をアメリカ・カナダ教会信徒の方々が女性の高等教育へと奉げてくださった尊い献金であることにあらためて感謝しないではいられません。

 

≪東洋にキリスト教女子大学の建設の依頼を受けたアメリカのカール・ライシャワー博士がレーモンドに持ち込んだのが東京女子大学であり、敷地選定から始まる全体計画であった。正門、東寮「1924、解体:2007」、西寮「1924、解体:1984」、体育館「1924、解体2009」、西校舎「1924」(現・7号館)、自然科学棟「1927」(現・6号館)、職員住宅2戸、「1924」(外国人教師宅(現・外国宣教師館16号館)、学長住宅「1925」(現・安井記念館「14号館」)、はライトの影響を示してはいるが、関東大地震に耐えて建ち続けた。続いて理事住宅(現ライシャワー館(17号館)「1927」と図書館棟(本館)「1931」、そしてオーギュスト・ペレの影響が見られるチェペル・講堂「1938」が建設された。≫

(『LIXIL  eye』№9 October 2015「アントニン・レーモンドの建築作品の示すもの」三沢浩 より抜粋 )

 

当時33歳だったレーモンドにとって、この事業は日本の言葉(チェコ語と日本語の微妙な言葉のニュアンス違い)、文化、風習、自然の違いもあり大変な困難を伴ったことでしょう。

日本の文化や精神を十分理解していたように感じられるレーモンドの建物は、華美な修飾を一切そぎ落とした質素で清貧な美しさを漂わせています。想像するに、レーモンドは1904年・チェコで出版されたカレル・ヤン・ホラのチェコ語訳『日本の魂』(新渡戸稲造著『武士道』、情報提供:ペトル・ホリー氏、「チェコ蔵」主宰)をすでに読んでいたのではないでしょうか。

 

正門から真正面に「QUACUNQUE  SUNT  VERA(すべて真実なこと<フィリピの信徒への手紙4章8節>」と壁に刻まれた本館が建設されました。宣教師(神学博士)カール・ライシャワー、安井てつ学監、初代学長新渡戸稲造先生の建学の精神である教養教育への情熱をレーモンドは共感して設計しました。

 

レーモンドは戦後すぐ、荒廃した日本の復興のために、奥只見渓谷の電力ダム計画に尽力を注ぎ、1973年、離日するまでに日本に450件余りの建設をしました。その中には、無償で設計された教会が3つもあります。レーモンドが設立した事務所(現・レーモンド設計事務所)からは、前川國男、吉村順三、ジョージ・ナカシマをはじめとする日本を代表する優秀な建築家が輩出され、日本のモダニズム建築の成長に大きな功績を残しました。

 

7月1日の講演会では、レーモンド事務所に勤務されていた三沢浩先生がレーモンドの女子大計画に迫ります。どうぞ、多くの皆様方のご出席お待ち申し上げております。

 

                                                           企画委員会副委員長 永井千保子


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